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たつき諒の予言一覧まとめ!的中と外れた予知夢を徹底解説

たつき諒さんといえば、1999年に出版された漫画『私が見た未来』をきっかけに、「予知夢が現実となった漫画家」として注目を集めた人物です。

特に表紙に記された「大災害は2011年3月」という文言が、東日本大震災を予想していたとして話題になり、「東日本大震災が予想された本」としてSNSやメディアで多く取り上げられました。

この記事では、たつき諒さんの予言の一覧を探している方に向けて、これまでに彼女が語ってきた夢の内容を整理し、的中したものから未確認のものまで幅広く解説していきます。2025年7月5日に何が起こるのか、どこの場所で起るのかなど注目が集まる予知夢についても詳しく紹介します。

また、予知夢とは何かという基本的な解説に加えて、現在のたつき諒さんの活動状況や性別、顔写真に関する情報も交えながら、これまで語られてきた予言の一覧のまとめとして読みやすく構成しています。

たつき諒さんの世界観とこれまでの記録を知ることで、未来への備えや、夢という不思議な現象に対する新たな見方が得られるかもしれません。

記事のポイント
  • たつき諒の予知夢が的中した事例と外れた内容
  • 東日本大震災や2025年の予言に関する具体的な記述
  • たつき諒の現在の活動や性別・顔写真に関する情報
  • 予知夢とは何かという基本的な概念と注意点

たつき諒の予言一覧、外れや的中したもの

  • 東日本大震災が予想された本とは
  • フレディ・マーキュリーが流行病で亡くなる
  • イギリスのダイアナ妃が急逝
  • 洞窟のような場所に立つ女性の姿
  • 大災害は2011年3月
  • 2025年7月に大災難が起きる
  • 阪神淡路大震災
  • 富士山の噴火
  • 伯父の葬儀
  • 強盗立てこもり事件で人質にされた赤ちゃん
  • 自分自身の葬式
  • 友人が失恋した男性
  • スマホが普及した様子

東日本大震災が予想された本とは

「東日本大震災が予想された本」として話題になっているのが、漫画家・たつき諒さんの著書『私が見た未来』です。

この本は1999年に出版されたもので、当時は一般的な心霊体験や怪談、ミステリーをテーマとした短編漫画の作品集という位置づけでした。しかし、その表紙に描かれていたある一文が、後に多くの人の関心を集めることになります。

表紙には、たつき諒さんが実際に見た夢を記録した「夢日記」をもとにしたイラストが数枚描かれており、その中の1枚に「大災害は2011年3月」と明記されていたのです。

言うまでもなく、2011年3月11日には東日本大震災が発生し、日本全国、そして世界中に大きな衝撃を与える出来事となりました。このため、「未来を予知していた本」としてSNSやテレビなどで一気に注目が集まりました。

この「大災害は2011年3月」という記述は、漫画の本編には登場しません。

実際には、単行本の締切直前に見た夢の内容をそのまま表紙イラストに加えたものであり、作者自身も、当時はそれが現実になるとは思っていなかったと後に語っています。

それでも、年月までが一致していたことに驚いた人々の反応によって、古書市場ではプレミア価格が付き、最大で50万円近くで取引されることもありました。

さらに、2021年には作者本人の監修によって加筆修正が加えられた『私が見た未来 完全版』が飛鳥新社より復刊されます。

この新しいバージョンには、当時の夢の詳細な解説や、新たに見た予知夢なども追加されており、より深く内容を知ることができるようになっています。

一方で、注意しておくべき点も存在します。『私が見た未来』に描かれた予知夢は、あくまで作者の主観的な夢の記録であり、科学的な裏付けや予測モデルに基づいたものではありません。つまり、事実として受け止めるのではなく、予知夢やインスピレーションの一つとして参考にする程度にとどめるべきでしょう。

このように、『私が見た未来』は単なるホラー漫画や都市伝説の枠を超えて、災害への備えや過去の教訓の重要性について考えさせてくれる一冊として、多くの人の心に残っています。災害は「忘れた頃にやってくる」とよく言われますが、こうした作品が注目されること自体が、私たちの防災意識を高める一助になっているとも言えるでしょう。

フレディ・マーキュリーが流行病で亡くなる

たつき諒さんが見た予知夢の中でも、フレディ・マーキュリーの亡くなったことに関する夢は特に知られています。

彼女は1976年11月、テレビでフレディの訃報を報じる場面を夢の中で見ていました。その映像では、友人が泣き崩れており、たつきさん自身もショックを受けていたという内容だったそうです。

さらに、1986年11月28日の予知夢ではテレビで「フレディがいないクイーンの銅像の夢」を見て、メンバーのうち1人だけ知らない人物の銅像になっていたことが印象的だったようです。

この夢から約5年後の1991年11月24日、フレディ・マーキュリーはHIV関連の合併症によって亡くなりました。
亡くなられたのは11月24日ですが、たつき諒さんが日本の新聞で知ったのは11月28日の日付でした。

死亡時期まで一致していたことで、この夢は単なる偶然ではないと受け止める人も多く、たつき諒さんの予知能力に注目が集まりました。

また、1986年11月28日の予知夢で見た「フレディがいないクイーンの銅像の夢」は、後年登場するアダム・ランバートを暗示していたのではないかという考察もあり、夢の意味を多角的に読み解こうとする動きが続いています。

イギリスのダイアナ妃が急逝

イギリスのダイアナ妃が急逝

イギリス王室の人気者だったダイアナ妃が亡くなる前に、たつきさんはダイアナ妃を連想させるような夢を見ています。

彼女がこの夢を見たのは1992年8月31日で、夢の中では城のなかで赤ちゃんと抱いた女性と「DIANNA」という文字が見えたと語られています。

そして、そのちょうど5年後の1997年8月31日、実際にダイアナ妃が交通事故によって急逝しました。

日付までぴったり一致していたことで、この夢は信憑性が高いものとして一部で語られるようになりました。

たつきさん自身は、この夢では彼女が亡くなるというイメージはまったくなく、後で読者の皆さんによって意味されたものと感じられています。

ですがこの出来事をきっかけに、『私が見た未来』に描かれた夢の信憑性に注目が集まり、後年の東日本大震災に関する記述と合わせて、たつき諒さんの夢日記がさらに注目が集まりました。

身元不明女性の殺人事件

たつき諒さんの夢の中で特に印象的だったとされるのが、「洞窟のような場所に立つ女性の姿」を見たという予知夢です。

この夢は1989年に見たもので、大きなトンネルのような洞窟のそばに水色のワンピースを着た女性が佇んでいたという内容でした。女性の顔ははっきりとは見えず、何かを伝えたがっている様子だったと記録されています。

それから約1年後の夢を同月の8月、たつき諒さんが散歩中に立ち寄った公園で、夢で見たのとそっくりな洞窟を見つけてビックリされます。

興味本位でその場所の写真を撮影し、夢日記に貼ろうとしていたところ、まさにその写真ができた日に、ニュースで衝撃的な報道が流れました。

撮影したトンネル内で、女性の遺体が発見されたのです。さらにその遺体の衣服は、夢に出てきた女性と同じ水色のワンピースを着ていたとされます。

この一致から、この夢は「事件の予知夢だったのではないか」とされ、語り継がれるようになりました。

大災害は2011年3月

大災害は2011年3月

「大災害は2011年3月」という言葉は、漫画『私が見た未来』(1999年初版)の表紙に描かれた一文として、多くの人々の記憶に残ることになりました。

このフレーズは、本の本文内には登場せず、表紙のイラストの一部、つまり作者・たつき諒さんが見た夢を再現した“夢日記の記述”として描かれたものです。

当時は特に注目されていなかったこの一文が、東日本大震災が発生した2011年3月11日と重なったことで、後に大きな話題となります。

たつき諒さんがこの夢を見たのは『私が見た未来』の締め切り日でした。

白紙のコマに何を描こうか迷っていたところ、スクリーンのような空間に黒い文字で「大災害は2011年3月」という言葉がはっきり夢で見たと語っています。

夢から覚めた直後、これは重要な日付だと思って急遽この言葉を表紙の一部として書き加えることにしたとのことです。

ただし、この時点では当然ながら、どのような災害が起きるのかも、その規模や地域も不明でした。

そのため、読者や編集者の間でも当初は大きな反応はなかったようです。ところが、2011年に未曾有の被害をもたらした東日本大震災が実際に発生し、この一文の存在がネットを中心に広まりました。

その結果、『私が見た未来』は予言漫画として注目されました。

2025年7月に大災難が起きる

2025年7月に大災難が起きる

キョンスピ:イメージ画像

『私が見た未来 完全版』の出版準備中に、たつき諒さんが再び見たという新たな夢が、今注目されています。

それが「本当の大災難は2025年7月にやってくる」というメッセージが浮かび上がったというものです。

この夢は、1999年の夢と同様にスクリーンのような空間に黒い文字が表示され、その文字とともに、海底が盛り上がるような不気味なビジョンも現れたとされています。

夢の内容は、地球を上空から見下ろす視点で、フィリピンと日本の間の太平洋海域で突然、海底がボコッと隆起し、その影響で四方に津波が広がっていく様子だったそうです。

波は非常に大きく、過去にたつき諒さんが見た東日本大震災の津波よりもさらに巨大で、まるで海の一部が盛り上がって大陸化するような、異常な現象が起きていたとのことです。

さらに夢の中では、「2025年7月」という具体的な日付もはっきりと認識できたと語っています。

また、印象的なキーワードとして「大災難」という言葉が出てきたそうです。「大災害」ではなく「大災難」という表現であった点についても本人は気にしており、「災害」が地震や台風などの自然現象を指すのに対し、「災難」は事故や社会的混乱、病気など幅広い出来事を含む可能性があると解釈されています。

この夢の信憑性については、当然ながら証明できるものではありません。ただし、同じような夢を過去にも複数回見ており、それが時間を空けて現実と重なってきたという経験があるため、本人は一部の読者に向けて「備えてほしい」という思いで情報を共有したと説明しています。

阪神淡路大震災

たつき諒さんの予知夢に関する記録の中で、「阪神淡路大震災」に関係するとされる夢も注目されています。

この夢は、1995年1月2日に見たとされており、彼女の夢日記には「荒れてヒビの入った大地」という描写と共に記録されていました。この夢から15日後、実際に兵庫県南部を震源とするマグニチュード7.3の大地震が発生し、6,000人以上の命が奪われるという大惨事となったのです。

夢に描かれていたのは、割れた大地に立つ“天上の女性”の姿で、たつきさんが「連れて行って」と願い出ると、その人物から「今はダメよ。5年後に迎えに来るわ」と返される内容だったといいます。

このやりとりは一見すると象徴的で抽象的な印象を与えますが、彼女自身は「この夢は、私の人生の節目、あるいは役割が終わる時期を告げるものだったのかもしれない」と解釈しています。

ただし、夢の内容と阪神淡路大震災との直接的な関連性については明確には語られていません。

つまり、「ヒビの入った大地」というイメージが地震と結びついたとされるものの、災害の日時や場所が夢の中で具体的に示されていたわけではないのです。このため、的中した予言とは異なり、「予兆のような感覚だった」と解釈されるケースです。

一方で、後年のインタビューでは、この夢に登場した“5年後”という言葉が「2025年を示しているのでは?」と感じるようになったとも述べられています。

これは、2020年代に入ってから再び見た夢の内容とリンクする部分が多かったためではないでしょうか。たとえば、2025年7月に起きるとされる大災難に関する夢や、過去に見た巨大な津波の夢との繋がりを意識し始めたという背景があります。

このように、「阪神淡路大震災」に関連する夢は、他の予知夢と比べて抽象的な内容ではあるものの、当時の記録が残っていることから関心を集めています。

そして、たつき諒さんが繰り返し伝えているのは、「夢が現実になるかどうかではなく、その可能性があるなら備える意識を持ってほしい」というメッセージです。

富士山の噴火

富士山の噴火

たつき諒さんが予知夢として語っている中に、特に印象的なのが「富士山の噴火」に関するものです。

この夢を初めて見たのは1991年8月20日。夢の中では、絵葉書のように美しい富士山が突然大きな音を立て、黒煙を上げながら激しく噴火する様子が描かれていました。

この夢は彼女の夢日記に記録され、1999年に出版された『私が見た未来』の表紙イラストのひとつにも反映されています。

また、富士山の噴火に関する夢は1度だけではなく、その後2001年と2005年にも繰り返し見たとされています。こうした繰り返し同じテーマを見る夢は、たつきさんにとっても特別な意味を持つものであり、何らかのメッセージ性を感じ取っていたことでしょう。

こちらの富士山の噴火に関する夢は、外れたのではと言われていますが、たつきさん自身はこの夢を「富士山が実際に噴火するというより、象徴的なもの」と解釈しています。

夢の中での噴火は、社会的な大混乱、パンデミック、あるいは経済的危機など、“人々がパニック状態に陥るような出来事”の暗示である可能性もあると述べています。

富士山の噴火が象徴した新型コロナウイルス

富士山の噴火が象徴した新型コロナウイルス

キョンスピ:イメージ画像

近年の新型コロナウイルスによるパンデミックが、この噴火のイメージに近いのではないかとも語っています。

新型コロナウイルスは、2019年12月に中国の武漢で報告され、2022年の8月中から下旬にかけて新規感染者数がピークに達しました。(新型コロナウイルスの第2波から第9波のピークの様子のグラフ
富士山が噴火する予知夢を見られたのは1991年8月20日のことですからそれから31年後の出来事です。
また同月の日にちも近くにこのような夢をれていたのはとても不思議です。

そして社会の大混乱になっている状態に富士山の爆発的な噴火に似ているのではないかと思いました。

富士山に関する予知夢は計3回見られており、2回目は2002年5月27日と3回目は2005年6月11日でした。こちらの予知夢は、噴火する夢ではなかったと語られています。私はその様子から新型コロナウイルスの段階的な収束を連想しました。

一方で、富士山は実際に活火山であり、歴史的にも1707年の宝永噴火を最後に長い間活動を休止しています。

現在も気象庁によって監視が続けられており、将来的な噴火の可能性は完全には否定されていません。

「富士山の噴火」は、予知夢の中でも象徴的な意味合いが強く、現実と夢のあいだに揺らぎを持たせるテーマとして、多くの人々の想像力をかき立てています。

伯父の葬儀

たつき諒さんが見た予知夢のひとつに、のちに伯父の葬儀と一致するような内容がありました。

1993年9月14日、彼女は田舎の風景が広がる夢を見ます。

びわ畑を見つけ、途中から割烹着姿のあばさんが怒ってついてくるという、どこか日常的で素朴な情景が描かれていました。この夢を見た時点では、それが何を意味する夢なのか分からなかったそうです。

ところが、1年後の1994年9月、たつき諒さんの伯父が亡くなり、山形県で行われる葬儀に参列することになります。

現地に到着して驚いたのは、夢で見たのとほとんど同じ景色が目の前に広がっていたことです。違いがあったのは、夢で登場した「びわ畑」が、実際には「ぶどう畑」だった点のみで、他の細部まで一致していたと記録されています。

さらに印象的だったのは、葬儀の際に彼女が撮影した風景写真の日付が「9月14日」となっていたことです。夢を見た日と全く同じ日付で写真が現像されたことから、偶然とは思えないと感じたと語っています。

このように人によっては日常の中にある“予兆”のような夢が、後に現実と重なるケースがあります。

とはいえ、こうした夢の解釈には個人差があり、すべてを「未来を示すもの」と受け取るのは危険です。しかし、自分の感覚を記録しておくことで、後になって何らかのつながりに気づくということは十分にあり得ますね。

強盗立てこもり事件で人質にされた赤ちゃん

1995年10月、たつき諒さんは夢の中で、目がぱっちりとした非常に可愛らしい赤ちゃんの姿を見ていました。

特に何か具体的な出来事を伴う夢ではなかったものの、その赤ちゃんの表情や印象が非常に鮮明に記憶に残っていたそうです。

そのわずか2か月後、実際に日本で衝撃的な事件が発生しました。1995年12月1日、東京都大田区で郵便局強盗を起こした男が逃走し、一般家庭に押し入って立てこもるという事件が起きたのです。

この家には母親と2人の幼い子どもがいて、母親は次男を抱いて逃げ出したものの、長男の赤ちゃんが犯人によって人質として残されました。

事件は全国的に報道され、ニュース映像では人質になった赤ちゃんの顔が公開されます。

たつき諒さんが夢で見た赤ちゃんと、その赤ちゃんの顔が非常によく似ていたことから、「これは夢で見たあの子だ」と直感的に感じたといいます。

『私が見た未来』の中でも簡単に触れられており、予知夢というよりは、未来に起きる象徴的な出来事を事前に感覚で捉えたような印象を受けます。実際に事件に関わったわけではありませんが、予知的な夢として記憶されています。

もちろん、偶然の一致と捉える見方もありますが、夢の中の映像と実際の出来事の類似があまりにも強かったため、印象深いエピソードとなっています。
夢と現実の境界が曖昧になるような、不思議な出来事のひとつと言えるでしょう。

自分自身の葬式

たつき諒さんが見た夢の中で、最も象徴的かつ衝撃的な内容のひとつが「自分自身の葬式」に関するものです。

この夢を見たのは1995年11月26日。舞台は町内会館のような場所で、棺の中に自分自身が横たわっており、その周りを皆が囲んで見守っているというものでした。

特に印象的だったのは、参列者全員が「白い喪服」を着ていたという点です。現在の日本では葬式といえば黒い服装が一般的ですが、たつきさんは夢の中で「昔の日本では白が喪服だった」という意識があり、自分の葬儀では白を着てほしいと願った設定になっていたそうです。

その願いが現実になっていたという描写に、どこか懐かしさや美しさを感じさせます。

さらに、この夢には日付も登場します。それは「7月15日」というもので、夢の中で明確に示されていました。

また、後年には「5月25日に自分が亡くなる」という別の夢も見ており、たつき諒さん自身はこの2つの夢の日付を特別な意味を持つものとして記憶しているそうです。

もちろん、現実にたつき諒さんは現在も健在であり、この夢が現実になるかどうかは不明です。しかし、「自分が亡くなる」というテーマを夢として見ることは、心理的にも深い意味を含んでいる可能性があります。

それは自己の人生の節目や転機、あるいは創作活動における一区切りを象徴しているのかもしれません。

この夢は、単なる予知の枠を超え、生き方や価値観、人生観にまで影響を与えた可能性があります。夢を通じて「自分の終わり」を見つめるという体験は、たつき諒さんの創作活動においても重要な要素となっていることがうかがえます。

友人が失恋した男性

友人が失恋した男性

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たつきさんは夢のなかで、知らない男性と話していました。

その知らない男性は、ある女性について「恋愛感情はもてない」などと話しており、たつきさんはどの女性について言っているのかと思ったそうです。

夢を見た翌月に、長年会っていなかった友人から連絡があり再会することになります。

友人は失恋しておりその時に言われた言葉が、まさに夢で知らない男性が言っていた言葉でした。

また、たつきさんが夢日記に書かれていた夢のに出てきた男性のイラストと、友人の好きな男性とがそっくりで、お互いがビックリされていました。
とっても不思議な体験で、たつきさんの予知夢の凄さがうががえます。

スマホが普及した様子

『私が見た未来』の載っている短編漫画のなかの一つの『ちいさなカラの中』には、後の時代を予見したかのような不思議な描写が含まれています。

作品のラストシーンでは、未来の2016年の日本が描かれており、その中に「スマートフォンのようなもの」を手に持つ少年の姿が確認できます。

この漫画が描かれた当時は、携帯電話すら一般にはほとんど普及しておらず、スマートフォンの概念も存在しない時代でした。

特に話題となったのは、少年が黒く四角い板のようなものを手に持ち、指で画面を操作している描写です。現在のスマートフォンと非常に似た姿であったことから、「当時から未来を見ていたのではないか」と感じる人も少なくありませんでした。

たつき諒さん自身は、この未来的なイメージがどこから来たのかを明確に説明していません。

しかし、夢や直感、無意識のイメージをもとに作品を生み出してきたという彼女の制作スタイルを考えると、無自覚のうちに未来を切り取っていた可能性は否定できません。

この例からわかるのは、創作という行為の中に時代を超えた感性が現れることがあるという点です。

もちろん、すべてが予知的であるとは言い切れませんが、作品を通して結果的に“未来の断片”を表現していたというのは非常に興味深い現象です。

一方で、読者側も「過去の作品の中に現在を見つけようとする」意識が働いていることも事実です。

そのため、こうした描写を完全な“予言”と断定するのではなく、当時の創作の自由さやイマジネーションの豊かさを評価する視点も必要です。いずれにせよ、この作品は「スマートフォンが当たり前となった現代の日本」にリンクする描写を30年以上前に生み出していたという点で、たつき諒さんの創作世界の奥深さを物語っています。

たつき諒の偽者によるデマの予言一覧

たつき諒さんは、1992年4月25日に26歳の若さで亡くなったシンガーソングライターの尾崎豊さんを予言していたという説もあります。

  • 尾崎豊さんが亡くなる
  • この内容は、尾崎豊さんが亡くなるちょうど10年前の1982年4月25日にたつき諒さんが日本のロックスターが亡くなる夢を見て、「私が見た夢」の表紙にも「ロック」という文字が描かれているというもの。

    ただ、これについては事実ではありません。
    「ロック」の文字が表紙にあるという話も、実際にはダイアナ妃の箇所に書かれている「ロッパ」であり、「ヨーロッパ 城」という言葉の一部分だと考えられます。

    この尾崎豊さんの亡くなるの予言の噂は、たつき諒さんの偽物がネット上などで吹聴していました。

  • 新型コロナウイルスのパンデミックを予言
  • 1995年1月2日に、たつき諒さんが「2020年4月をピークに10年後にまた現れるが、死者が出る重病にはならない」という夢を見たとして、新型コロナウイルスのパンデミックを予言していたとされました。

    しかしこれも例のたつき諒さんの偽物が広めたもので、『私が見た未来 完全版』にはこのような内容が書かれていることはありません。

    1995年1月2日に見た予知夢では「荒れてヒビの入った大地」のことが語られていますが、この部分でも新型コロナウイルスのことは1つも触れられてなかったです。

  • 富士山が8月に大噴火する
  • さらには「富士山が8月に大噴火する」という新たな予言まで偽物がしていました。
    たつき諒さんご本人はとっても迷惑をかけられたと思います。

2025年7月5日に場所はどこ?

2025年7月5日という日付は、たつき諒さんが見たとされる最新の予知夢の中で明確に示されたものであり、多くの人々が注目しています。

この夢は、たつきさんが2021年に『私が見た未来 完全版』の制作を進めていた時期に再び見たもので、1999年に見た「大災害は2011年3月」と同様に、はっきりとした日付と視覚的なビジョンを伴っていたとされています。

夢の中では、たつきさんは地球を上空から見下ろす視点におり、太平洋の一部――特に日本列島とフィリピンの間あたりの海底が突然盛り上がるように変形し、その直後に巨大な津波が四方へと押し寄せていく様子が見えたそうです。

その場面は、煮えたぎるスープがボコッと沸騰するような動きに似ており、非常に生々しい映像だったと本人は語っています。
2025年7月5日に場所はどこ?

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この“盛り上がった場所”に関しては明確な地名が出てきたわけではありませんが、フィリピン海プレートや南海トラフ、琉球海溝など、地質学的に活動が活発なエリアに重なることから、専門家やファンの間ではさまざまな推測がなされています。

また、夢では台湾や香港、フィリピン周辺が津波の影響で隆起し、一部が陸続きになるという異常現象まで描かれていたことも話題です。

このビジョンが現実に起きるかどうかはもちろん不明です。しかし、南海トラフ地震や海底火山の噴火は、将来的に高い確率で発生すると言われている自然現象です。

したがって、たつき諒さんの夢が現実のリスクと無関係とは言い切れない部分もあり、防災意識を持つことが今後の生活を守るうえで大きな助けになる可能性があります。

また、2025年には大阪万博も開催され、国際的な注目が日本に集まるタイミングでもあります。そんな時期に大災難が発生した場合の影響は計り知れません。夢を信じる・信じないにかかわらず、普段からの備えや情報収集は、どんな状況にも役立つ重要な行動です。

予知夢とは何かを解説

予知夢とは、将来起こる出来事をあらかじめ夢の中で体験したり視覚的に見たりする現象のことを指します。

これは一般的に「夢による未来予測」と解釈されがちですが、科学的な立場ではまだはっきりとしたメカニズムや根拠は解明されていません。そのため、オカルト的な話題と捉えられることも少なくありません。

予知夢にはいくつかの種類があるとされます。ひとつは、「偶然の一致」ともいえるもので、夢で見た出来事がたまたま現実と重なってしまったケース。

もうひとつは、「潜在的な知識や情報から、無意識に未来を推測している」と考える心理学的な解釈です。この見方によると、人間は日々さまざまな情報を五感や無意識で蓄積しており、夢という形でそれが表面化する可能性があるといわれています。

たつき諒さんのように、夢の内容を詳細に記録し、後からその夢と現実の一致を振り返るという方法をとっている人は非常に珍しく、その点が注目を集める要因にもなっています。

夢は本来あいまいで断片的なものが多い中、たつきさんは日付・情景・キーワードなどを克明にメモし続けてきました。これが後に「予言の的中」として解釈されるきっかけになっています。

ただし、予知夢はすべてが的中するわけではなく、本人でさえ「何を意味する夢だったのか分からない」と語るケースも多々あります。だからこそ、大切なのは夢の内容に一喜一憂することではなく、「夢をきっかけにどう現実と向き合うか」だといえるでしょう。

夢というものは主観的なものでありながら、現実と不思議なリンクを持つことがあります。そのあいまいさゆえに、人々はそこにロマンや恐怖、可能性を見出すのかもしれません。

たつき諒の性別や現在の活動

たつき諒(たつき りょう)さんは、1954年12月2日生まれの女性漫画家で、神奈川県横浜市に在住されています。本名ではなくペンネームを使って活動しており、初期の作品には「竜樹諒」名義も使われていました。1975年に『月刊プリンセス』でデビューし、当初はラブコメや歴史ロマンなど、少女向けの作品を多く発表していました。

1990年代に入ると、たつきさんはホラーや心霊体験、怪談などをテーマにした作品へと作風をシフトし、それが後の代表作『私が見た未来』へとつながっていきます。しかし1999年をもって、一度漫画家としての活動を休止。体力的・精神的な限界を感じたことや、アイデアが浮かばなくなったことが引退の理由として語られています。

一時は完全に表舞台から姿を消していましたが、2021年に『私が見た未来 完全版』が飛鳥新社から復刻されることが決まり、再びメディアへの登場を果たしました。この復刻にあたっては、本人による新たな夢の記録や解説が加筆されており、多くの読者にとって貴重な情報源となっています。

また、2022年には『たつき諒選集1 怪奇(Mystery)』を発表し、完全な引退ではなく創作活動を再開した形となっています。現在も夢日記の記録は続けており、新しい夢の内容が公表されるたびに話題を呼んでいます。

たつき諒さんの顔写真は一部メディアで公開されたことはあるものの、基本的には表に出ることを避けており、私生活はほとんど知られていません。性別に関してもネット上でさまざまな憶測が飛び交いましたが、公式には女性であると明かされています。

今後の活動については未知数な部分もありますが、彼女の夢や言葉がもたらす影響は、漫画を超えた“社会的メッセージ”として受け止められるようになっています。これからどのような夢が語られていくのか、多くの人が静かに注目を寄せています。

たつき諒の予言一覧をまとめて紹介

  • 東日本大震災を「2011年3月」と正確に表紙で示していた
  • フレディ・マーキュリーの死を15年前に夢で見ていた
  • ダイアナ妃の死をちょうど5年前に予知する夢を見ていた
  • 洞窟で女性が佇む夢と一致する殺人事件が発生した
  • 「2025年7月」に大災難が起きる夢を複数回見ている
  • 富士山が黒煙を上げて噴火する夢を繰り返し見ていた
  • 阪神淡路大震災の直前に割れた大地の夢を見ていた
  • スマホが普及する未来を1983年の漫画で描いていた
  • 友人が失恋する相手の姿を夢で先に見ていた
  • 伯父の葬儀の光景を事前に夢で体験していた
  • 強盗立てこもり事件の赤ちゃんを夢で見ていた
  • 自分自身の葬式を町内会館で見る夢を記録している
  • 尾崎豊の死を予言したという噂は偽物によるデマ
  • 新型コロナに関する予知夢も偽物の発言である
  • 2025年7月5日に海底が隆起し津波が起こる夢を見た